甲斐さんからお答えいただいた「
同法の立法趣旨は、定義の段階で意識的に広い定義をした上で、その範疇に該当するサイトの管理者に、それが出会い系サイトとして悪用されないためのフィルタリングや削除その他一定の義務を課することにあります。それ自体は、表現の自由の規制とはいえません。
」という部分についてお尋ねします。
○ 「意識的に広い定義」をされ、その範疇に該当するのは、本来規制対象とすべきサイトだけでなく、規制対象外のサイトも含まれていると思われます。明確性の法理が要求している明確性とは、自己のサイトがこの規制対象たるか否か(規制対象への該当と非該当)の境界を一般人が見出せることだと思うのですが、甲斐さんがおっしゃるところの、この「意識的に広い定義」をされた定義には、その境界がそもそも存在しないのではないでしょうか?
○ 「出会い系サイトとして悪用されないためのフィルタリングや削除その他一定の義務を課す」というのは、具体的には、出会い系サイトとしての届出をしなかったサイト管理者には、そのサイト(掲示板)に対して、異性交際に関する情報が掲載されないようにする管理義務を背負わせるということですよね?
私の原審弁護人は、本法2条2号に基づく届出制は事実上、異性交際に関する情報という観点からの、記事のチェック義務を課した「掲示板管理法の一種」と解されると言っていました。おそらく甲斐さんがおっしゃっていることも、これと同じような解釈ではないかと思われます。
しかし一般人(サイト管理者)が本法2条2号を読んで、どんな趣旨でサイト(掲示板)を起こそうとも、届出をしない限りは上記のような管理義務をずっと背負っていくことになるのだと認識する者がどれだけいるかとなると、私は非常に疑問なのです。出会い系サイトとしての届出をしないサイト管理者に対し、このような管理義務を背負わせているという解釈が事実であれば、これは言わば、本法2条2号がサイト管理者に対して、この先、管理義務を全うするという「暗黙の誓約」を要求していることを意味します。届出をしないことがすなわち誓約したことを意味するという、けっこう難しい解釈が要求されていることになりますから、一般人にはかなり困難な解釈のように思えます。
ちなみに私も逮捕される前に、一応はそういう解釈も成り立つことは感じていましたが、その解釈だと正直私には無理難題をふっかけられているようにしか感じられなかったので、まさかそんな解釈に基づいて本法が運用されたりしないだろうと考えておりました。
そして甲斐さんは「それ自体は、表現の自由の規制とはいえません。」とおっしゃられております。おそらく上記の解釈が通るとなると過度広汎性の法理の問題になると思われますので、明確性の法理路線からは脱線しますが、この点についても後ほど質問させてください。
私は上記解釈に基づくと、表現(どちらかというと結社集会)の自由、検閲の禁止、思想良心の自由への規制になると考えています。これらは、届出をした場合に義務付けられる本法11条の規定、および届出をしない場合に課せられる上記の管理義務により生ずる規制で、いずれも本法1条の立法目的を考慮して導かれることになろうかと思います。