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芦部説と立法裁量論の関係は、はっきりとは言えません。その教科書中に明確に書かれていないからです。教科書中、何カ所か立法裁量に言及していますが、ほとんどの箇所は、判例を紹介しただけで、ご自分の見解という形にはなっていません。唯一比較的明確なのが、第4版326頁で、「権利・自由の性質上の相違により、広い場合と狭い場合に分けて具体的に考えるべきである」とあるので、芦部先生が立法裁量論を肯定していることと、立法裁量論の枠組みとして、戸松説に似た広い立法裁量と狭い立法裁量に分けて論じる、ということまでは判ります(戸松説と正確に同じ定義であるかどうかまではわかりません。)。しかし、さらに進んで、立法裁量論と合理性基準がどういう関係に立つかまで論及している箇所は皆無です。したがって、故人にお伺いすることができない以上、これは判らない、というのが端的な答えです。なぜなら、立法裁量論と審査基準論がどのような関係に立つかということは、それぞれの論者により説が異なるところであり、狭い立法裁量と厳格な合理性基準が対応関係に立つ、というのは、あくまでも戸松説であるに過ぎないからです(複雑な議論になるので、詳しい議論を省きますが、私自身は対応関係はかならずしもない、と考えています。)。
ところで、これを逆転させることができるか、という質問ですが、これはナンセンスです。立法裁量論は、ある問題が司法審査の対象になるかどうかを問題にします。それに対し、合理性基準は、その問題が司法審査の対象になることを前提にして、裁判所がどういう物差しを適用すべきか、という議論です。したがって、議論がすでに審査基準のどれを適用するべきかというレベルに到達している時には、もはや立法裁量論を論じる余地はないからです。だから「厳格な合理性の基準が妥当であるから、狭い立法裁量によるべきである」ということは、芦部説や戸松説を云々するまでもなく、完全な間違いです。
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