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この表題は、ベルリンの新聞、ターゲス・シュピーゲル紙が、文化面ではありますが、まるまる1頁を投入した記事の、総見出しをそのまま引用したものです。ここで祝祭(Festspiele)と略して呼ばれているのは、いわゆるバイロイト音楽祭のことです。これは、ドイツ南部のバイエルン州フランケン地方にある小都市バイロイトにある祝祭劇場(Bayreuth Festspielhaus)で毎年7月から8月にかけて行われる、ワーグナーの歌劇・楽劇を演目とする音楽祭のことです。
音楽祭で上演される演目は、ワグナー作曲の『さまよえるオランダ人』から『パルジファル』までの10演目と限定されていて、毎年約30公演が行われます。ワグナーファンなら、一度は聞きに行きたい音楽祭で、そのため、世界で最もチケットが取りにくいコンサートと表現されることもあるほどです。
さて、この表題を見て、最初、私は面食らいました。ワグナーといえば、バイエルンのルードヴィヒ二世の後援を得て活躍した人物で、ルードヴィヒ二世といえば、鉄血宰相ビスマルクと同時代人です。明治6年の岩倉欧米視察団がベルリンに行ったのはビスマルクに会うためですから、れっきとした歴史上の人物といえるでしょう。そのワグナーの娘が、今、生きているとはとても思えないので、面食らったのも判っていただけると思います。記事の内容を読むと、娘の1人、イーファ・ワーグナー・パスキュールは63才で、これはまあいいとして、もう1人の娘、カタリーナ・ワーグナーの方は29才だというのです。
この記事、どこかが狂っている、と思えます。そこで調べてみて、判ったのが、今日におけるワグナー家というのは、ヨーロッパでは王侯貴族並みのセレブで、したがって、ドイツの一般読者には、現時点でのワグナー家の家族構成や、その一家の中での内紛状態がどうなっているのか、というのは常識に属する、ということです。その常識のある人に対する最新情報の提供として、変化した部分だけが載っているので、そうした常識に欠ける私では、丸1頁に及ぶ情報を提供されても、何の話か、さっぱり判らなかったのは仕方がない、ということになりましょうか。
さて、調べた結果をお知らせすると、こうなります。ワグナーは1813年生まれで、1883年死亡ですから、完全な19世紀人です。彼は若き日を貧困の中に送り、最初の妻、ミンナは、そんな彼に愛想を尽かして逃げてしまいます。1862年のことです。ところが、その翌1863年に、ワグナーは自分の弟子であるハンス・フォン・ビューローの妻コジマと愛し愛されるようになってしまうのです。ワーグナーはその時50歳、コジマは26歳でした。この恋愛が彼に幸運を呼んだらしく、彼はバイエルン王ルードヴィヒ二世にすっかり傾倒され、実に恵まれた環境で作曲活動を行えるようになります。
1871年に、彼はバイロイトに自分の理想どおりの劇場を作ろうと決心し、自費でその建設にかかります。これが祝祭劇場です。私も一度訪れたことがありますが、実に変わった建物です。欧州の普通のオペラ座は、石造りです。しかし、ワグナーにはお金が無かったので、これは木造なのです。普通のオペラ座では、舞台袖には彫刻が施され、天井には豪華なシャンデリアが下がり、椅子も華美な装飾が施されています。しかし、資金不足から、一切飾りはなく、椅子は詰め物のない硬い木製です。また、あまり大きなものは作れなかったのです。普通のオペラ座のように、舞台の前にオーケストラボックスを置くと客席が減ってしまいます。そこで、この劇場では、それは舞台の下に置かれて、客席からはまったく見えません。狭苦しいので、楽団員には評判の悪いオーケストラボックスということです。
この木造と舞台の下のオーケストラボックスという二つの苦肉の策が、しかし、すばらしい音響効果を生んだのです。普通のオペラ座で、ワグナーの100人を超す楽団員で構成されるオーケストラを聴くと、その音量のすさまじさに圧倒されます。ところが、この祝祭劇場では、舞台の下にオーケストラがいるものですから、そこで第1段に音が柔らかくなり、さらに木製の壁に反響して、さらに柔らかくなります。本当にワグナーの求めていた音は、こういう音だったのか、と納得できる劇場です。なお、この劇場では拍手する事が禁じられています。これも、音響効果を妨げるからでしょうね。
ついでに言えば、普通のオペラ座では、客室のドアを開ければ、劇場を取り巻く廊下に出ます。ところが、お金がなかったものですから、ドアを開けると、いきなり外の芝生に出るのです。幕間には、観客はその芝生をそぞろ歩き、あるいはシャンパンを傾けながら、感興にふけることができます。これも、ワーグナーの音楽を楽しむには奇しくも最高の雰囲気といえます。
こうして、自らの音楽を、自らの望むとおりに再現できる最高の劇場を建設することで、バイロイトは、ワグナーにとっても、そのファンにとっても、聖地となります。1883年2月13日に、彼は狭心症を起こして死去します。遺体が埋葬されたのは、もちろんバイロイトです。
こうした経緯から、バイロイト音楽祭は、世界的に重要な音楽祭であるにもかかわらず、ワグナー一族の私物という扱いになります。それをどのように運営するかは、この一族の勝手なのです。その時点で音楽祭を仕切る職を総監督といいます。この総監督の権限は絶大なものがあります。合唱団は欧州中からオーディションによって集めます。オーケストラの構成員は、ドイツのプロ・オーケストラから集めます。歌手に至っては世界中の歌劇場からピックアップします。その結果、世界で最も人種差別のない歌劇場と言われています。これら、すべてを決定するのは、総監督の芸術的感性です。つまり、その独断で決まるわけです。
ワーグナーとコジマの間に生まれた子供のうち、男の子はジークフリートと名付けられ、1869年にスイスで生まれ、1930年に亡くなりました。父の後を継いで、祝祭劇場の最初の総監督を務めたのが彼です。そのジークフリートには、ヴィーラントとヴォルフガングという2人の息子がありました。彼らは共に舞台監督となり、祝祭劇場の演出家として1951年から共同で活躍しましたが、ヴィーラントの方は1970年に急死したので、それ以降、今日まで、弟のヴォルフガングが1人で終身総監督として、祝祭劇場を率いてきたのです。しかし、2008年8月に89歳を迎えた高齢のゆえに、誰かに後を譲らねばならないことははっきりしていました。そして、音楽祭の私物性から、その総監督になるのは、一族の誰かです。
ヴォルフガングの意中の人は、彼の二番目の妻との間に生まれた娘で演出家としても活動し始めたカタリーナ・ワーグナーであると言われています。彼女は、彼がちょうど60歳の時に生まれた計算になりますから、文字通り、孫のような娘で、これが可愛いのは無理もありません。ちなみに、カタリーナの母、グドルンは、イーファと同い年です。
カタリーナを総監督の後継者にすることに対しては、当然イーファが黙って引っ込んでいる訳はありません。さらに、ヴォルフガングの亡兄ヴィーラントの娘で、イーファと同い年のニケも総監督に立候補を表明したものですから、ワグナーの楽劇さながら、3人の女の戦いが始まり、ここ数年間にわたって展開されてきたのです。
このため、ヴォルフガングは高齢にもかかわらず、総監督を辞めるわけにはいかず、ずっと務め続けてきた訳です。しかし、カタリーナの母グドルンが急逝したことで事態が急変しました。というのは、近年、実際にバイロイト音楽祭を仕切っていたのは、高齢のヴォルフガングではなく、実はグドルンだったからです。グドルンが死んだ以上、もはや、ヴォルフガングが形式的に総監督の地位に留まるのは不可能で、3人の女の誰かに決めなければなりません。
ここまでの知識があれば、皆さんも私を面食らわせた新聞記事を理解することができます。簡単に言ってしまえば、彼は、兄の娘を退け、自分の娘に関しては、足して2で割った妥協を行ったのです。すなわち、イーファとカタリーナの二人に、共同で総監督に当たらせることになった、というのが、本稿の見出しの意味です。
ヴォルフガングが、渋々そう決定したのが8月の28日だろうと新聞では推定しています。その日、彼は愛するものを集めて、記念写真を撮ったそうです。その写真の構図は、老いたる総監督はライオンの足のついた玉座に座り、その脇には妹のフェレーナが控え、さらにその左右に2人の娘が座り、その背後にはバイエルン州芸術大臣のトーマス・ゴッペルと指揮者のクリスチャン・ティーレマンが控えているというものだったそうです。
そこで、財団理事会は9月1日にさっそくバイロイトの市役所で会議を開き、22対2の圧倒的多数決で2人の娘が対等の地位を持つ総監督と決まったのです。指揮者のティーレマンは両者に対する助言者になるとか。長引く対立にうんざりしていた理事会が、ヴォルフガングの腹が決まったのを機会に、電光石火に動いたのがよく判ります。
また、ニケは、この28日の御前会議?には呼ばれず、この決定に対して、不明瞭な手続に失望した、ヴィーラントの家系の権利を今後も主張する、というコメントを発表し、今後も総監督を目指す行動を継続すると表明しているようです。
こういう訳で、ヴォルフガングの後継者争いは、短期的に、つまり今後5〜7年に関しては、一応決着がつきました。母も違えば、年齢も文字通り親子ほど違うこの二人は、これまで交流らしい交流もなかった訳で、今後うまく協調してやっていけるかどうかは未知数です。彼女たちが、優れた芸術的感性を発揮して、音楽祭に新風を吹き込むのか、それとも、船頭多くして、せっかくの音楽祭を破綻させることになるのか。今、世界中のワグナーファンは、息をのんで、次回の音楽祭を注目しています。
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