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Re: ありがとう

 投稿者:カオリ  投稿日:2013年 7月23日(火)08時25分26秒
返信・引用
  > No.140[元記事へ]

こちらこそありがとう。
楽しかったです。
長く続きましたね。びっくりです。

「4 番目の道の探求」をこれからもがんばります。

また、聞きあいことあったらおじゃまします。
NLP のテクニック研究中!

お時間さいてくれてありがとう。
 
 

ありがとう

 投稿者:吹黄  投稿日:2013年 7月23日(火)02時09分43秒
返信・引用
  今まで、いろいろと新鮮な話題を提供してくれて、
ほんとうにありがとう!
楽しかったです。

グルジェフや荘子などといった共通の話題があれば、
まだまだ話は尽きないのですが、
現時点で、これといった話題がなくなったのです。

私自身が今、正直に思っているのは次のようなことです。

カオリさんと根底にある違いを感じるところは…
人間の進化の目標とするところは、右脳優位になることではなく、
左脳と右脳の両方を同等に扱える人間になることではないかと思っていることです。

例えば、あの四次元立体は右脳的直観でとらえたものですが、ただ結論を力説してもその意義が薄く、
左脳での計算(論理)で裏打ちできて、はじめて「真実」であるという説得力のあるものになると思います。
(実際視覚的に回転して見てもらってないので、言っている意味が伝わらないかもしれませんが…)

しかし、かく言う私も、現状として左脳優位にものごとを見て、処理していると思っているわけで、
目標とするところは、もっと右脳を働かせることにあると思ってはいます。
といっても、普通の一般的な人に比べれば、左脳を優位に考えているわけではないので、
右脳的感性も大事にしているとは思っていますが…。

つまるところ、脳を使うことは、あくまで理解や表現の「道具」にずきないと思っているので、
両方が備わっている人間にとっては、右脳も左脳も最大限に利用することだと思うのですが、
大事なのは、両方のバランスにあり、最終的には「存在の波動(振動)」であると感じているのです。

現代人は右脳優位な人の数は非常に少ないと思うので、希少価値のあるものだと思いますが、
それが「真理」であるという真偽を見極めるための突き合わせは難しい状況にあると思います。

左脳処理ということにおいて、何度かカオリさんは、私の説明を読み違えていることがありました。
私の説明の不備もあるかもしれませんが、カオリさんの読解力にも多少の不備を感じました。
よって、左脳での論理性を追うことの必要性もあるのではないかとも少し思いました。

それとは別に、「松果体を大きくする」という感覚には賛同できるところがあります。
現代科学では、メラトニンを分泌することで知られる程度でそれ以上のことにはあまり触れていませんが、
デカルトは松果体を「魂のありか」と呼び、ヨガではチャクラとの関係が取り沙汰されていますね。
それだけに、注目すべきところなのかもしれないと私も思っています。

それにしても松果体は不思議ですね。子供では大きく、思春期になると縮小するといわれ、
大人では石灰化したものがよく見られるということですが、
これは「魂」のあり方と関係するのでしょうかね。
縮小するといわれている松果体を大きくするという発想は、実は重要なことなのかもしれませんね。

それでは。

http://www.k5.dion.ne.jp/~sasara-p/

 

Re: 老後の心身のケア

 投稿者:カオリ  投稿日:2013年 7月19日(金)11時22分22秒
返信・引用
  > No.138[元記事へ]

おはようございます。
園芸はいいですね。

私の母もやってます。
ただ重労働だからあちこち痛くなるそうです。

祖母がはやくから寝たきりになったので
そうならないために「筋トレ」をしてます。
スポーツクラブで鍛えて
家でヨガやってます。

あと、整体にいって骨のずれを
月1で治してもらってます。

骨がずれていると
リンパや血液の流れが悪くなり
血圧があがるそうです。

骨をまもる筋肉は大事です。

わがやは代々「病弱家系」なので
家族目標は筋トレです。

筋肉を鍛えると痛みを抑える
β-エンドルフィンがおおくなり
つかれにくくなります。

「死」についてより
「筋肉」についての勉強会が
笑顔と健康につながるので
おすすめです。

他、アロマオイルマッサージは
すばらしくリラックスです。

母にしてあげてます。
オイルは「ホホバオイル」がいいです。
そこに、好きな香りのオイルを混ぜます。

リンパの流れに沿って
マッサージします。
だいたい背中です。腕、足、手、足裏。
体が生まれ変わるように
楽になるといわれます。

ラベンダー、ホワイトローズ
レモングラス
ゼラニウム、イランイランが
我が家のレシピです。
 

老後の心身のケア

 投稿者:吹黄  投稿日:2013年 7月19日(金)00時48分44秒
返信・引用
  私の母の心配をしてくれて、ありがとう。

死の恐怖とは別に、母の生命力は今のところ健在で、いつも言っています。
「自分の母は父が死んで以来、ずっと寝付いていたので、ああは絶対なりたくない」と。

母の趣味は今のところ庭の土いじりなのです。
庭といっても、実際の庭はなく、家の前の橋の上の植木鉢での栽培です。
本当は、市の管轄の場所なのでいけないのですが、そこを大工さんに増設してもらって、
現在、優に百鉢を越える草木や野菜が青々と茂る立派な?庭なのです。

隣の家の境にわずかな土の部分があるのですが、そこにも何種も草木を植え込み、
玄関前に三段の台にもぎっしり鉢を置き、通路となっている場所に何十鉢もの東洋ラン、
二階のベランダではノウゼンカズラ、サンザシ、ハーブ各種を育ててます。

膝の関節の痛みや足先のしびれなどがあって、中腰ができないのですが、上半身は強く、
車輪の付いている腰かけを買って、それに座って、しょっちゅう植え替えや土づくり、
剪定などの、はっきり言って、私から見てもその年では重労働と思えることをしているのです。
毎日の水やりもホースでやるときはまだしも、液肥を混ぜてひしゃくでやるときは大変です。

これが、母に毎日の生命力を与えてくれているのです。
「緑の茂る姿を見てるだけで、生きようとする元気が心底湧いてくる」が口癖です。
それに頭を使って段取りを考えたり、体を動かすことで元気を維持しているのです。

ところが、これが老齢になるにしたがってのネックにもなってきているのです。
夏場だと5時前から起きて、朝ごはんも食べずに数時間も作業しているようです。
その代わり、その後は疲労と足の痛みで、食事をしたらそのまま寝てしまっているようです。
(食事の後片付けは、夕食を作る前に、私が全部しています。家事がとにかく嫌いで…)

毎日、足には何枚も湿布を張り、全身の疲れと痛みを訴えるのも口癖になっています。
それでも、何かしていないと落ち着かないと…。(病気のことばかり考えるからと…)

基本的に、自分一人でできるだけに鉢の数を減らしていくようにと言っているのですが、
減らしてはまた増やし、全体の数はいっこうに減りません。

最近では、植木鉢の移動を一人でできず、夜や休みの日を見計らっては、結局手伝ってます。
植え替えては、鉢の場所を体裁よく、いちいち移動するのです。
(台風情報が出る時は、ひと騒動で、橋から玄関前に移動するのは全部私です。)

だからこの趣味は、この先のことを考えると頭がいたくなる種をもっているのです。

本当は、それとは別に書道が趣味の一つだったのです。
名のあるえらい先生の所に直談判をして、いきなり弟子にしてもらい、
3年くらいしてから、いろいろな展覧会に出品すると、長年やっている人をさしおいて、
あとの2年の間に7つの所の賞をもらうまでになっていたのです。

父の介護のため練習もできず、家も空けられなくなってから、数年間休んでいました。
父が亡くなって少し落ち着いてから、もう一度はじめることが夢でした。
ところが、その先生の具合が悪くなって、その会が開けなくなったのでした。

自力でやるだけの気力はなく、悶々とする日々が続きました。
反対に子供でも集めて教えたいという気持ちをいだいていましたが、
実現化の道はなく、それも断念することになったのです。

植木を減らして、書道に専念できる状態だったらよかったのですが、
現実はそうはうまくいかないものですね。

後は、週に一回、太極拳に通っています。
これは、ずっと昔に一度やっていたのですが、いろいろ人間関係のトラブルがあり、
しばらくやめていたのですが、まったく別のところで、また体を動かしたいと、
2年ほど前からまた始めたのですが、昔のように体が動かず、足がすぐ痛くなり、
ほとんど、行っては椅子に座って見る時間が多いというような有様だそうです。
それでも、気力だけでなんとかもちこたえて行っています。

が、そこでも、思うようにいかないのと、人間関係のことで、愚痴をこぼしながらです。
休もうとすることもあるのですが、でも、いける限りは通った方がいいと、私がすすめると、
気を取り直して、なんとかかんとか心身に鞭打ちながら、やっているようですね。

少し前までは、裁縫もしていました。
必死になって、以前から買いためてあった布で何枚か服を縫ったのですが、
どれもこれも、実際に着てみるとイメージと違ったらしく、がっかり状態でした。
それ以来、あまり裁縫もしなくなりました。

結局、その他の時はほとんど、ソファーの上で横になっているようです。
テレビも面白くないと、寝ているようです。
その現実に、自己嫌悪しているようで、「寝付きたくないけど…」とポロリ。

庭いじりと、私におしゃべりしている時は、病気のことも忘れ、楽しいようですが、
私が別宅に帰った後の夜は、何かと心配事が頭を占めるようなのです。

今のところは、食事中や後片付けの間に、母の同じような話に付き合っていますが、
段々と、私からも、「死を受け入れる心の準備」についても話していこうかなと、
最近思うようになってきたのです。

実際問題、面と向かって「死」の話をするというのはなかなか難しいですけどね。
でも、一緒にこうして暮らすようになったのも縁で、老後の体のケアだけでなく、
心のケアにも取り組むのが、私の課題だと思っています。

「いつ死んでもいい」という気持ちになってこそ、死を恐怖することなく、
残された生きている時間を有意義に使えるようになると思うのです。

死ぬ瞬間の意識状態が非常に大事だという話は前にもしましたが、
死に際に、不安や恐怖心の波動をなんとか引きずらないように、
この世に未練を残さず、大往生してもらいたいものですからね。

http://www.k5.dion.ne.jp/~sasara-p/

 

Re: 死の恐怖の克服

 投稿者:カオリ  投稿日:2013年 7月18日(木)17時02分35秒
返信・引用
  > No.136[元記事へ]

死んだら
さっぱりとな~んにも無くなったら
すごい楽でいいと思うのですが

死んでも、生きているように
いろいろとめんどくさいほうが
いやなような気がします。

死ぬときにみんなの記憶から
自分の存在を消去して無になれたら
どんなにさっぱりするだろうなあ~。と
思ったりしますが…。

おかあさまは
なにか、興味のあることがみつかるといいですね。
しかし、戦争などがあってその時代は
「楽しむこと」などできないでしたから、
いろいろ大変です。

趣味の友人は、80歳代もいますが
研究が忙しくて、毎日とびまわってます。

どうしたらいいでしょうかね?
 

死の恐怖の克服

 投稿者:吹黄  投稿日:2013年 7月18日(木)00時30分16秒
返信・引用
  「クリアしなければならない課題があるから生きている」…
と言えば、母との関係は平穏なものになったとはいえ、
あとひと仕事残っているのではないかと思っています。

というのは、母は「死」に対して、意識が背を向けており、
ひとたび何かある毎に、「死の恐怖」に苛まれているからです。

足が悪いのはともかくとして、不整脈と高血圧と低体温に悩んでいるのです。
以前血圧が高い時は200を越えていましたが、今は130くらいに落ち着いてはいます。
しかし、時々感情の乱れや体調不良になると高くなり、「死」の心配をしはじめます。

不整脈は良質性といわれていますが、ひどい時は一日に何千回も起こしていました。
一度、心室性といわれる悪い兆候が見られ、病院をかけもちして、
薬を飲む、飲まないでもめたこともあるのですが、とにかく気持ちが悪くなると言うのです。
最近、少し落ち着いてきたのですが、ひとたび乱れ始めると、心臓のことですから、
「死ぬんじゃないだろうか」とパニくり、自分で病状をより悪化させる傾向があるのです。
夜中に、救急病院にかけこんだこともあります。

とにかく、「死」を考えると感情のコントロールがきかなくなってくるのです。
私がそばにいて、話をいろいろしているうちに、頭の中のパニックはひとまず治まり、
その場の病院行きは見送り、症状の様子を冷静にみて静まるのを待つようなこと、しばしばです。

低体温は、父が亡くなる前に、徐々に体温が低下していったこともあって、
低くなると「死」を意識し、毎日体温を計っては一喜一憂している状態です。
34度台になることも多く、最近異常なまでの寒がりになっています。
漢方薬を飲んでいて、36度に届いたときには喜んでいますが、低いと鬱状態です。
(低体温だと抵抗力が弱るらしく、尿に雑菌と潜血が混じることがしばしばで、
泌尿器科にも通っているありさまなのです。)

あまり気にすることはないと言うことによって、その場は落ち着くのですが、
根本的に「死」に対する恐怖心がぬぐえずにいるのです。

「生まれ変わり」は絶対に信じられず、死とは、
完全になにもかも消えて「無」になることだと思い込んでいるのです。

「生」に対する執着心が非常に強く、「死」の話を嫌うのです。
最近やっと、少しずつ断片的な話ができるようになってきたのですが…。

「生命力」が旺盛なのは、ある意味、老後も前向きに生きようとしていることで
いいのですが、なかなか「死」に向き合おうとはしません。

この問題を、本当に死ぬまでになんとか解決しなくてはと考えているのです。
このままだと、この世にいっぱい未練の波動を残したままになりそうです。
物に対する執着心も強く、自分が死んでも、絶対に処分しないでくれという物であふれてます。

父は晩年、しっかり「死」と向かい合うようになって、よく話をしました。
「生まれ変わり」や他の何かの概念があってのことではありませんが、
どんな死に方をするか、しっかりと考えておかねばならないと言っていました。
とにかく、ポックリ潔く死にたいものだと話していましたが、
現実には、一日入院しましたが、ほとんどポックリに近い状態で逝きました。
後に残された波動も、ほとんど何もないようなきれいな死に方をしたと感じています。

母とは、この「死」の問題、「物」への執着の問題を、
まだ少し残されているだろうその間に、何かが変わっていくような
そんな接し方をしていきたいと思っています。
それが残された課題ですかね。

カオリさんは、親と面と向かって「死」の話をしたりしますか?


原発の問題は深刻ですね。

それ以前に、ゴミの問題でさえこんなことを考えていました。

製品にするものは、必ず分解あるいは再生できる方法が解決してから認可すべきだと。
物の世界の進展のスピードは遅くなるけれども、今の物あふれ現象は解消されると。

原発の問題もゴミの処理能力なくして発進したものだけに、
この放射能というゴミと闘わなくてはならないことになるとは思いも及びませんでしたね。
大元から巨大ゴミになろうとは、誰も想定してなかったのでしょうね。

義兄が医大病院で、放射線技師をしていましたが、
現場はハイテクなイメージをもっている人が多いだろうけど、
意外にもローテクである種ずさんな管理状態なのだと話していました。
原発も似たような傾向があったようですね。

話は変わりますが…
ある被ばくした優秀な老医師(当時80歳を越えていた)がいて、その人の説によると、
人間はある一定の放射能をあびると反対に活性化されることがある…というのです。

マリリン・モンローやOSHOの晩年の治療にもよばれたという日本人なのですが、
普通の治療といわゆる霊治療のようなことができる人の話です。

それは、一種の進化系の人間の話なのかもしれませんが、もし本当なら、
少しは、あの暗闇にさすひとすじの光のような朗報なのですが、
「ある一定の」というところがクセモノで、原爆の比にならない量なだけに、
意味をなさない話となってしまうかもしれませんね。

難しい問題を日本も抱え込んだものですね。

http://www.k5.dion.ne.jp/~sasara-p/

 

Re: 家族

 投稿者:カオリ  投稿日:2013年 7月17日(水)09時58分34秒
返信・引用
  おはようございます。
ご家族の話感動しました。
人間はいとしいですね。

母との葛藤が感じられたから
なんとなく、そういってみましたが
解決済でしたね。

家族はこの世のはじめてかかわる試練ですもの
大変ですよね。

すべての家族が
仲よくできれば
犯罪や戦争はなくなると思います。

クリアしなければならない
課題があるから
生きているのでしょうかね?

原発が心配です。
 

家族

 投稿者:吹黄  投稿日:2013年 7月17日(水)00時28分31秒
返信・引用 編集済
  うちの家族はそれぞれに、それはそれは言い尽くせないような様々な問題をかかえていました。
しかし、うわべのいい家族を装うより、本音でぶつかり、様々な苦難を通り越してきました。
それもこれも、互いにとって成長するための格好の学びの場となったのです。
そうして、年をとるに従い、尻上がりに互いが信頼できる関係になるように変容してきたのです。
それには、かなりの年月を要しましたが…。

頑固だった父も、晩年には非常に柔軟な寛容な人になっていきました。
私は正面切って、自分の信念を貫きつつも、深い話にまで至るような付き合いをしました。
父母の夫婦間での問題の解決にむけての話にも何度も首をつっこみました。
それ以外の家族のことでも、相当な時間と労力を使いかけあってきました。
(とにかく、いろいろな問題があったものですから…)

そのうち、父は私の夫を非常に気に入り、「男の中の男だ」とまで言うような関係になっていました。
私に対しても、非常に信頼を置いてくれるようになり、また老後の頼りにもされていました。
また、母と二人でいる「息苦しさ」から逃れられる、私が父の心の憩の存在ともなっていたのです。
(「息苦しさ」というのにはいろいろわけがあって、しょっちゅう喧嘩していたのです。)
姉と弟がいますが、遠地のためと、相性の問題もあって、老後の頼りには思ってなかったのです。
勘当同然だったのが嘘のように、家を二世帯住宅にして住むよう、是が非にでもと頼まれました。

いろいろ話し合った結果、それを受け入れることにしたのです。
その時、まだ母とは多少の確執が残っていました。
けれども夫が中に入ることによって、次第にその場の空気が変わっていったのです。

ところが、まもなくして、父よりも先に夫の方が逝ってしまいました。
私ともども頼りにしていただけに、父母とも本当にいろんな意味で残念がってました。
けれども、その夫の死をきっかけに、母の心の状態も大きく変わってきました。
とにかくなんともいえない「温かさの波動」を置き土産にして母をも包んでくれたようでした。

その後、急速に父の状態が悪くなり、介護が必要なまでになってきました。
日中は老々看護の状態で、母の体力、気力の限界が来ている中、私のできる範囲で、
夕方からは、母が一番嫌っていた家事全般を私が代わってするようにしました。

その私の態度を母は真摯に受け止めてくれるようになり、喧嘩腰ではなく、
よく話をするようになって、それまであった確執が次第に溶けてきたのです。

4年前に父が他界すると、母は重労働から解放されたと同時に寂しさにも襲われ、今現在、
もし私がいなかったら耐えられなかったかもしれないと言い、心身共に頼りにされています。
実際、身体的にも独り暮らしができる状態ではなく、私なしではやっていけない状態なのです。
心理的にも、私がいるというだけで安心できると言っています。

そのため、母はまるで別人のようになり、毎日夕食を作って片づけ、母の昔話も聞いてあげて、
私が別宅に帰る時には、心をこめて必ず「ありがとう」と言うようになっています。

様々な心の行き違いにも理解が及ぶようになってきて、過去に謝罪や感謝を交えて終止符を打ち、
昔あったことはすべて絵空事のようになって、今は何一つわだかまりがない状態です。
十年ほど前までは考えられない奇跡的な関係に今はなっているのです。


カオリさんのところはどんな家族関係なのか知りませんが、
人それぞれ、どんな因果で家族となったかわからないものの、
家族での問題はあってしかりで、そこは人間にとって
大きな「学びの場」になると思いませんか。

http://www.k5.dion.ne.jp/~sasara-p/

 

Re: 儀式

 投稿者:カオリ  投稿日:2013年 7月16日(火)09時20分13秒
返信・引用
  > No.132[元記事へ]

おはようございます。
3連休おわってしまった。
本日より仕事です。

儀式はめんどくさくて嫌いですよ。

何事も楽しんでやることがだいじですね。
親もただ「やらなければならない」と言う気持ちでは
子どもは納得しないし、つまらないことは嫌ですものね。

心が合って楽しんでこそ
儀式は楽しいかもしれませんね。


「着物より本がほしい」は
他人とはおもえず!わたしもそう思う。
本代でおこずかいなくなりそうです。

儀式、形式なども
そういう流れに身を任せ、いろいろやってみて
楽しい事も探せるので

やるあほうに、やらぬあほう
おなじあほなら、やらなきゃソンソンと思います。

わたしが子ども達に教えたいことは、
「人生は楽しめる」です。

めんどくさいこと、つらいこと、くるしいこと
いやなこと、いろいろあるけど
その中に、楽しさをみつけることが
「生き上手」なのかな?と。


あと、長く続いてきたことや
迷信、ことわざ、などなど
先人の知恵は、よくよく調べると
科学的に正しかったりします。

?と思ったことは
いろいろと調べて、納得して行事を楽しみたいです。

うちは神棚もあるし
仏壇もあります。

すべてに神が宿る
八百万信仰ですね。

吹黄さんはわたしの母と似ている。

きっと、吹黄さんのおかあさんは
とてもつらい気持ちで歯を食いしばって生きてきたのでしょう。
自分のことで精一杯だったと思います。
吹黄さん以上につらい人生だったのだと思います。

今度は、母と子を逆転して
お母さんを自分の娘として接すると変わって来るかもしれません。
小さな傷ついた女の子と思って。
 

儀式

 投稿者:吹黄  投稿日:2013年 7月16日(火)00時57分19秒
返信・引用 編集済
  カオリさんの住んでいる所は変わった風習が残っているのですね。

白馬村は古くからの同業者(旅館と農業)と、都会からの新参者の
集合体で、内実はいろいろトラブルがあったようなのですよ。

私の子供と同い年の子が仲良くなって、友達の旅館とは別に、
その子の家の古くからの旅館によく遊びに行っていました。
奥さんは大阪から来た人だといっていました。

その関係かどうかわかりませんが、葬式をするのに、そこのしきたりでは
村組織でしなければならないところ、業者に頼んで式をあげたそうです。

そうした途端に、あの一種の「村八分」にあうようになって、
回覧板はまわしてくれない、村の行事からははずされるなどされたようです。

新参組はもともと独立してやっていたので、その旅館もそんな気分で、
気にせず、がんばっていたのですが…。
そんなことで…と思うのですが、事実、風習というのは怖い面もありますね。


私は小さい時から、形式ばったもの、儀式ばったものに対して
お金の問題とは関係なく、いつも違和感をおぼえていました。

クリスマスイブは、父の弟の戦没日にあたり、いつも神棚に向かって、
手を合わせて拝むようにさせられていました。

それに対して幼心で「なぜ?」と問いましたが、大人はちゃんと説明してくれず、
ただ、言われたとおり、素直にやってればいいのだといわれるばかりでした。

お正月も、恵方に向かって、おとそをいだいて礼をすることになっていました。
それにも「なぜ?」ときいても、そういうものだからというだけでした。

大人になって、自ら心底「祈る」気持ちが沸き起こると、
人間というのは、それによって気の流れでも変わるのでしょうか…
自然と手を合わせていたり、組んでいたりするということがわかりました。
そして、礼をしたくなるものだということも…。

(阿含宗の桐山靖雄は、手を合わせるとそこに第八?のチャクラができる
といったような説明をしていたのをどこかでみたことがありましたが…)

何の理由も知らずに「型から入る」という方式もありなのかとも思いますが、
それならそれで、それなりの理解できる説明がほしいものだと思います。
私は、やはり内実を充実してから「型に至る」という方を支持しますね。

そんなこんなで、入学式や卒業式も好きではありませんでした。
けれども、そういったことは「反発」するところにまでは至りませんでしたから、
することは、一応言われた通りしてはいました。

しかし、「成人式」や「結婚式」や「葬式」は自分で選択できるものです。
これらに対しては、小さい時から、ちょっと普通の人と感覚が違っていたのですよ。

ですから、「成人式」の時も母ともめました。
着物を買ってあげようと思っていたのに思いが通じないと油をしぼられました。
私は、着物はほしくないのでその代金分の本を買いたいというと、怒られました。
着物以前に、やっぱり「成人式」には出席しませんでした。

「結婚式」にしても、子供の頃から最も嫌な儀式だと思っていました。
最も純粋なものが、俗っぽく汚される気がしてならなかったのです。
たまたま、夫も私ほど強くではありませんが同じように考えていたのです。
それまた、実家の父母と大もめになりました。
それでも「しない」と言うと、いわゆる「勘当だ」ということになりました。
結局しなかったため、ある一定期間、本当に縁を切った形になってました。

(姉もしないと言っていましたが、親に説得され、しっかり式をあげました。
しかし、結局離婚してしまいました。
それによって、親も晩年は考えを変えるようになっていましたが…)

「葬式」も、親戚、友人の式には電報すら打ちませんでした。
(唯一家族の祖母と父の葬式にだけは出席しましたが…。)
だから、自分の「葬式」もしないように段取りしようと思ってます。
(これはお金の話とはまた別のものです。)

お中元やお歳暮も一切しません。
ただし、それとは関係なく、心のこもったプレゼントには、
こちらも心を込めて返していましたが…。
もちろん、私の方から贈り物をすることはよくあります。
でも、それは一切形式から入るものではありません。
特に、昔からサプライズプレゼントをするのが大好きでした。

私の父は「儒教」の方に傾いていて、子供の頃から、
部屋の壁ばかりでなく、トイレの壁にも「論語」を書にして貼っていました。
「仁義」や「礼儀」を表沙汰に重んじるそれらの考え方には共感できませんでした。

それよりも、「大道廃れて仁義あり」という老子や、
例えば、次のようにいう荘子に共感していました。

- - - - -
市場で人の足を踏めば、その不注意を謝って、いいわけをする。
相手が兄の場合はいたわるだけだ。
相手が大いなる親の場合は何もしない。
故にこう言われる。
「至上なる礼は他人行儀にしないところがある。
至上なる義は物事にかどめをつけることではない。
至上なる知は先のことを計画することではない。
至上なる仁は親しくすることではない。
至上なる信は金を避けて通ることである。」
- - - - -

ここのミソはただの「親」ではなく、「大いなる親」なら…というところです。
信頼関係の深さによって、「礼」の必要性がないことを説いたものですが、
私は逆の立場で、他人が足を踏んでも、「大いなる親」でいたいと思ったものです。

もっとも、相手の意識状態を問えば、いろいろ言うことはありますが、
他人だと謝り、兄だといたわることのできる人であるということが前提ですがね。

でも、荘子のいわんとすることを理解できる人は極めて少ないですね。
父母は老荘思想はまったくわからないと言っていましたね。
日本人の道徳者の多くは孔子的な、理解しやすい発想を好みますからね。


カオリさんは、この世俗間のセレモニーには抵抗ない(重んじてる?)ようですが、
やっぱり、成人式や結婚式なども、夢をもって演出したのでしょうか?

かわいいお葬式で、悲しまないような演出を想定していますか。
ちょっと変わっていますね。
普通、自分が死んだら、うんと悲しんでほしいと思っている人もいるでしょうにね。

カオリさんのようなそういうやさしい思いをもっている人を失ってしまうと、
反対に、まわりの人は意外と悲しむのかもしれませんね。

家は仏教なのでしょう。
なのに、仏壇でなく、なぜ神棚なのですか?

http://www.k5.dion.ne.jp/~sasara-p/

 

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