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財政法判例研究会

 投稿者:甲斐素直  投稿日:2012年 1月18日(水)11時11分25秒
  次回の財政法判例研究会は、財政法学会が3月17日に開かれるので、常例と異なり、その翌日の日曜日すなわち3月18日午前10時より行います。場所も、いつもと違い、日本大学法学部三崎町校舎3号館2階326講堂ですので、お間違えなきようお願い申し上げます。
 この研究会は、どなたでも希望者は出席できますので、ふるってご参加下さい。
 
 

財政法判例研究会

 投稿者:甲斐素直  投稿日:2011年11月20日(日)10時13分58秒
   次回の財政法判例研究会は、常例と異なり、1月11日(水)午後3時より行います。場所は、いつもと同じ明治大学研究棟内四階会議室です。
 この研究会は、どなたでも希望者は出席できますので、ふるってご参加下さい。
 

立脚学説?

 投稿者:甲斐素直  投稿日:2011年11月 9日(水)08時31分27秒
   しばらく忙しくしていて、この頁を見ていなかったので、回答が遅れました。
 ところで、質問の意味がよく判りません。何の論点に緩しての消極説ですか? 例えば、行政権の定義に関しては、消極説しか採りようがないのが現状ですが、それと判例がクロスするとも思えず、質問の意味を解しかねています。
 一般論としていえば、判例は気にしなくてよい、というのが答えです。確かに、判例が存在する論点において、判例と同じ理由付けで結論を導く場合、若干理由付けの手を抜いてもよい、という事は言えますが、それに頼りすぎると減点される恐れがあります。だから、判例は気にせず、いつでもしっかり理由を書くのが一般論としては、正しい論文の書き方です。
 

立脚学説

 投稿者:たろう  投稿日:2011年10月14日(金)07時22分3秒
  新司法試験の論文試験では判例にそくした論述が書きやすいと思いますが、仮に消極説にのっとって書くと採点上、事実上不利でしょうか。  

明確性と広汎性の違い

 投稿者:甲斐素直  投稿日:2011年10月 1日(土)10時02分16秒
編集済
   前回の回答にも関わらず、明確性と広汎性という二つの概念を依然としてきちんと区別せず、ごちゃ混ぜに主張されているので、改めて基礎的な所から説明しなおします。
 刑罰法規の場合、処罰対象となっている行為が何かという事が明確でないと国民を必要以上に萎縮させることが問題です。徳島市公安条例事件では、公安委員会がデモ行進に対して「交通秩序を維持すること」というのが問題になりました。人が車道を歩く以上、どんなに注意しても自動車交通を害するからです。しかし、最高裁判所は、一般人を標準とすれば、この表現で十分にジグザグデモ等を行う事を禁じていると読めるとして有罪としました。
 出会い系サイト規制法2条2号の「異性交際(面識のない異性との交際をいう)」という表現は、上記最高裁判所判決を基準とするならば、十分に刑罰法令が要求する明確性を持つ定義が与えられているといえると考えます。つまり、憲法31条には違反しないとみられます。
 問題は、この文言は、あなたの主張するとおり、いわゆる「出会い系サイト」だけに留まらない広汎性を持っている点です(つまり、言葉の意味は明確だが、それは明らかに広すぎるという問題です)。それに該当する場合には、過度の広汎性故に無効の法理というものの適用により、表現の自由を規制していると言える場合には、憲法21条違反という問題が考えられます。このように、明確性と広汎性は、全く別の条文に関する全く別の法理ですから、混同しないで下さい。
 そして、明確性に関しては一般人を標準とすると最高裁は言っていますが、広汎性については、最高裁判所は、裁判所による判断権の問題だとしているのです。代表的な概念としては、猥褻とは何か、という問題があります。これについて、「チャタレー夫人の恋人」の様な、今日の感覚からすればどこが猥褻なのだろうと首を捻るような作品までが問題になったことはご存じの通りです。
 ここであなたの質問に戻ると、問題は、そもそもサイトの設置は表現行為と言えるのか、という点です。サイトへの書き込みは表現行為ですが、サイト自体は単なるプラットフォームです。
 例えば、公道に面した自宅の塀にどんな落書きをされようとも、それ自体は、その塀のある家の表現行為とは言えません。しかし、その家の人が、ある落書きは消し、他の落書きは残すというように編集活動を行うと、その編集は表現行為と評価することができます。つまり、サイトの設置を表現行為だと主張するためには、そもそもそのサイトへの書き込みを適切に管理する義務がサイト管理者にはあるのだ、という事になります。その管理義務を果たすことなく、サイトの設置を表現の自由だと主張することは、できないと考えます。
 従来、判例で問題になったのは、サイトの書き込みで他者の名誉を毀損したという事件が中心です。その場合、出会い系サイト規制法のような立法は、その時点ではなかったにも関わらず、裁判所は管理義務を承認しています。例えば、動物病院対2チャンネル事件控訴審判決(東京高裁平成14年12月25日判決)は、「本件掲示板に書き込まれた発言を削除し得るのは,本件掲示板を開設し,これを管理運営する控訴人のみである。〈中略〉控訴人には,利用者に注意を喚起するなどして本件掲示板に他人の権利を侵害する発言が書き込まれないようにするとともに,そのような発言が書き込まれたときには,被害者の被害が拡大しないようにするため直ちにこれを削除する義務があるものというべきである。」と述べています。
 繰り返しますが、この判例で問題になっているのは、法律すらないのですから、あなたが主張するように管理義務の存在を条文から読めるかどうかというレベルの問題ではなく、サイト管理人の社会に対する一般的な義務として削除義務が存在する、ということなのです。そして、出会い系サイト規制法が課している責務は、ネットという誰の目にも触れる場所にサイトを管理する人の当然の義務を確認しているだけで、こうした判例を基準とする限り、新たな義務を課したものとは言えません。したがって、違憲という問題は生じないと考えます。
 

事実上の掲示板管理法の一種

 投稿者:るん  投稿日:2011年 9月29日(木)04時04分27秒
 

甲斐さんからお答えいただいた「
同法の立法趣旨は、定義の段階で意識的に広い定義をした上で、その範疇に該当するサイトの管理者に、それが出会い系サイトとして悪用されないためのフィルタリングや削除その他一定の義務を課することにあります。それ自体は、表現の自由の規制とはいえません。
」という部分についてお尋ねします。

○ 「意識的に広い定義」をされ、その範疇に該当するのは、本来規制対象とすべきサイトだけでなく、規制対象外のサイトも含まれていると思われます。明確性の法理が要求している明確性とは、自己のサイトがこの規制対象たるか否か(規制対象への該当と非該当)の境界を一般人が見出せることだと思うのですが、甲斐さんがおっしゃるところの、この「意識的に広い定義」をされた定義には、その境界がそもそも存在しないのではないでしょうか?

○ 「出会い系サイトとして悪用されないためのフィルタリングや削除その他一定の義務を課す」というのは、具体的には、出会い系サイトとしての届出をしなかったサイト管理者には、そのサイト(掲示板)に対して、異性交際に関する情報が掲載されないようにする管理義務を背負わせるということですよね?

 私の原審弁護人は、本法2条2号に基づく届出制は事実上、異性交際に関する情報という観点からの、記事のチェック義務を課した「掲示板管理法の一種」と解されると言っていました。おそらく甲斐さんがおっしゃっていることも、これと同じような解釈ではないかと思われます。
 しかし一般人(サイト管理者)が本法2条2号を読んで、どんな趣旨でサイト(掲示板)を起こそうとも、届出をしない限りは上記のような管理義務をずっと背負っていくことになるのだと認識する者がどれだけいるかとなると、私は非常に疑問なのです。出会い系サイトとしての届出をしないサイト管理者に対し、このような管理義務を背負わせているという解釈が事実であれば、これは言わば、本法2条2号がサイト管理者に対して、この先、管理義務を全うするという「暗黙の誓約」を要求していることを意味します。届出をしないことがすなわち誓約したことを意味するという、けっこう難しい解釈が要求されていることになりますから、一般人にはかなり困難な解釈のように思えます。
 ちなみに私も逮捕される前に、一応はそういう解釈も成り立つことは感じていましたが、その解釈だと正直私には無理難題をふっかけられているようにしか感じられなかったので、まさかそんな解釈に基づいて本法が運用されたりしないだろうと考えておりました。

 そして甲斐さんは「それ自体は、表現の自由の規制とはいえません。」とおっしゃられております。おそらく上記の解釈が通るとなると過度広汎性の法理の問題になると思われますので、明確性の法理路線からは脱線しますが、この点についても後ほど質問させてください。
 私は上記解釈に基づくと、表現(どちらかというと結社集会)の自由、検閲の禁止、思想良心の自由への規制になると考えています。これらは、届出をした場合に義務付けられる本法11条の規定、および届出をしない場合に課せられる上記の管理義務により生ずる規制で、いずれも本法1条の立法目的を考慮して導かれることになろうかと思います。

 

過度の広汎性

 投稿者:甲斐素直  投稿日:2011年 9月26日(月)10時12分52秒
   最初の投稿で、明確性の法理といわれていたので、文言に明確性がない、という主張と読んだのですが、その後の投稿からすると、主張されているのはどうやら「過度の広汎性」という議論のようです。明確性の法理が専ら憲法31条に就いて論じられるのに対して、過度の広汎性故に無効の法理は、21条の表現の自由の規制に対して論じられます。掲示板の運営が表現の自由か、といわれると場合によって分かれるとしか言いようがありません。
 島田紳助云々という仮定の例に関してお答えすれば、確かにそれは出会い系サイト規制法に言うところの異性交際という概念に該当すると思われます。しかし、そこでは出会い系サイト規制法の趣旨に対する誤認があると思われます。
 確かに、同法の定義は、あなたの言われる典型的なスタイルの異性交際よりも、広い概念をあえて定めています。ここからは私が刑事法の専門家ではないために、事実誤認があるかもしれませんが、同法の立法趣旨は、定義の段階で意識的に広い定義をした上で、その範疇に該当するサイトの管理者に、それが出会い系サイトとして悪用されないためのフィルタリングや削除その他一定の義務を課することにあります。それ自体は、表現の自由の規制とはいえません。
 その結果、憲法上の問題は無いと判断されます。
 私のこの掲示板に関しては、掲示板の趣旨としてそれには該当しません。確かに現実問題として、過去にその手の投稿があったことはありますが、本掲示板の趣旨に合致しないとして、気がつき次第、管理者権限により直ちに削除していますので、事実上、異性交際に利用されるという可能性も存在していないわけです。
 

異性交際の意義が明らかになっても

 投稿者:るん  投稿日:2011年 9月21日(水)18時19分15秒
  > 出会い系サイト規制法2条2号は、その典型的なスタイルで(ある)、・・・その括弧内で定義された意味で理解すべきで(ある)・・・というべきでしょう。

 本法当規定を一般人が読むことによって、その典型的スタイルを見出すことができるのではないかと甲斐さんはおっしゃっているかと思います。

 私が主張したいことは、再定義された異性交際に基づく本法当規定により、その典型的スタイルを一般人が見出すことは困難だということです。

 掲示板ひとつ借りて運営すること自体が、インターネット上での事業の運営に当たります(と法的には解されるらしいです)。掲示板を運営する者は、本法当規定を読んで、その典型的スタイルに当たるかどうかを判断することになります。当たるなら届出をしないと罰せられるというのが本法の規定です。
 しかし、その典型的スタイルというのは、我々がイメージする「いわゆる出会い系サイト」という漠然としたイメージからではなく、本法当規定から導かれるものです。
 本法当規定における異性交際が、「面識のない異性を相手とする,交際」のことを指すという再定義がなされているとすると、この異性交際に関連する人、関連する情報の領域はかなり広範に及び、それは本法当規定に該当する、しないの境界が存在し得ないほどに広範に及びます。
 確かに本法当規定は、我々がイメージする「いわゆる出会い系サイト」の典型を含んでいるのでしょうけれど、それとそうでないサイトとの境界を、我々一般人が本法当規定を通じて見出せるとは思えません。

 もっと具体的に言えば、甲斐さんの運営されているこの掲示板は、本法当規定に該当すると思われます。この掲示板を利用する多くの人は学生さんたちなのでしょうけれど、物理的には、私などの外部の者もこの掲示板を閲覧でき、書き込めることを知っております。そしてお互いに性別を知りません。
 私が書いているこの記事は、甲斐さんに宛ててのものではありますが、性別のわからない学生さんや外部の方たちが口を挟んでくれることをも当然に想定しています。そもそも、口を挟まれることの物理的阻止はできません。そして口を挟んでくれた学生さんらと、私はなんらここで応答を行わない理由もありません。参考になる意見はぜひとも欲しいからです。しかし、私が書いているこの記事は、性別問わず異性をも含んでコメントを求めており、応答してくれた人とのこの掲示板での会話は、性別を知らぬ者同士での会話なのであり、同性同士の会話に限定できていない以上、その会話内容がいかに法学事例に則したものであったとしても、本法当規定での異性交際に該当することになりかねないと思われます。


 本来はもっと順当な解釈に基づけば、こういう解釈にはならないと思われますが、では本法当規定から、そのような順当な解釈が一般人が導けるかどうか、かなり疑問なのです。それ以上に、どういった解釈なら順当なのかということも、本法当規定からから導くことも難しいと思われます。本法当規定が、掲示板利用者のどういう行為(どういう情報を発信すること)をイカン!としているのか、掲示板の運営者に対して、利用者のどういった行為をどうしろと言っているのか、あるいは掲示板をどのようにしろと言っているのか、本法規定からは判然としないからです。

  私の主張したいことは、異性交際を再定義したところで、本法当規定によって規制対象行為が明確になったとは言えず、掲示板等を含めたサイト運営を行おうとする者が、本法当規定に基づいてその規制対象に当たるかどうかの判断は不可能ではないかということです。

 おそらくは、本法は「掲示板が誰にでも書ける性質のものである」こと、および掲示板を利用するのは男と女しかいないという事実を無視して、多分に定義不可能だと思われる事柄を、無理に規制対象として定義しようとしているから、このような漠とした定義ができてしまうのだと思います。
 本法当規定は、庶民の間にはすでに「いわゆる出会い系サイト」というもののイメージがあるだろう、だからこれで(定義がいかに曖昧でも)なんとかしろ!と言っているだけに過ぎないような感じがします。
 

再定義された異性交際が意味するところ

 投稿者:るん  投稿日:2011年 9月21日(水)15時35分11秒
  > 貴方がどの点で、異性交際の語が明確性に欠けると主張しているのか、どうしても飲み込めません。

 私は異性交際の語が不明確だと主張しているのではありません。甲斐さんにそう読まれてしまうということは、先ほど書いた私の主張の書き方が悪いんだろうと思います。すみません。

 私は本来的な意味での「異性交際」は、言葉で定義することは難しいと感じています。
 例えば、島田紳助が暴力団幹部とメールしていたということが社会問題になっていますが、これを一般人は俗に言う「黒い交際」だと認識します。
 しかし、仮にその暴力団幹部が女性だったとして、島田とこの女性幹部との関係を「異性交際」だと言う一般人はまずいないと思われます。

 その一方で、本法当規定は、異性交際を「面識のない異性との,交際」に再定義しているので、島田の例は本法当規定における異性交際に該当することになるかと思われます。

○ ここでひとつ、どうしても甲斐さんに基本的なことを伺いたいのですが、判示のとおりだと、この再定義された異性交際は「面識のない異性との,交際」を意味するので、これはこれで明確なのは確かなんでしょうけれど、この再定義どおりに、文字通りに解釈すると、島田とこの女性幹部との関係はこの再定義に該当し、異性交際であるという認識になると思われるのですが、いかがでしょうか?
 そもそもこの再定義による「面識のない異性との,交際」とは、「面識のない異性を相手とする,交際」のことを指すと認識して間違いないでしょうか?
 私には、判示が「面識のない異性との交際」をどう認識しているのかが判然としないのです。上記の認識どおりだとすると、論理的には広大な範囲の交際が異性交際に含まれることになると思われるのです。この点をまずはっきりさせたいのです。
 

出会い系サイト規制法について

 投稿者:甲斐素直  投稿日:2011年 9月21日(水)12時21分11秒
   書き込み、読ませていただきました。正直に言って、貴方がどの点で、異性交際の語が明確性に欠けると主張しているのか、再読、三読してみましたが、どうしても飲み込めません。
 法律学の領域では、通常の国語辞書的な意味とは全く異なる意味に,特定の用語を使用する例が多々あります。例えば「果実」といえば普通は果物屋さんで売っているバナナなどを意味するわけですが、法律学の分野では、果実というと家賃とか利息、あるいは鉱山から産出する鉱物などを意味するというように、普通とは全く違う意味に使うのです。そこで、誤解を避けるために定義規定という手法が編み出されました。
 出会い系サイト規制法2条2号は、その典型的なスタイルで、この場合には、そこで使われている用語は、その括弧内で定義された意味で理解すべきで有り、国語辞書的な理解は一切排除されます(この場合には,それが明確性という言葉の意味となります)。通常人標準という時の通常人とは、その意味では,普通の人という常識的な言葉とは異なり、「法学用語を正確に理解できる普通の人」というべきでしょう。
 貴方の主張は、要するに「法学知識のない普通の人」が読んだ場合では、下級審とは違った理解をする可能性がある,というのに尽きるという気がします。若し、私のその理解が正しいのであれば、それは無理な主張ということになります。

 

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