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収容所での人権侵害

 投稿者:野村民夫メール  投稿日:2010年11月 7日(日)03時48分47秒
   無国籍問題とは離れてしまいますが、入国管理局の収容所での人権侵害について少しだけ書いておきます。

 収容所は、大きな収容所(3カ所)の他、各入国管理局にもあります。
 短期が後者、長期が前者です。
http://www.immi-moj.go.jp/
入国管理局
http://www.immi-moj.go.jp/soshiki/index.html
組織・機構

 ドラマでは、最後に収容されたのが大阪入管、二人が知り合う前に長期収容されていたのが西日本入国管理センター(大阪府茨木市)だと思われます。
 東日本入国管理センターは茨城県牛久市にあります。
 今年、西日本、東日本では、待遇改善(医療の改善、長期収容者の仮放免、など)を求めて大規模なハンストが起きました。
 また、自殺、自殺未遂が続出しています。
 何故こんなことが起きるのでしょうか?

 刑務所の場合は刑期がありますが入管にはありません。
 仮放免の条件も不明確で、ドラマにもあったように高額の保証金を要求されます。保証人も必要です。
 難民(注1)の多くは日本語が不十分または全くできず、保証人の条件を満たす日本人の知人がいるとは限らず、貯金もほとんどありません。
 将来への希望が無いのです。

 収容所の職員が自分たちを先生と呼ばせていることだけでも、どの様な処遇かが推測されるでしょう。
 全てのことがイジメであり、肉体的にも精神的にも密室の中で拷問禁止条約違反が行われています。

 医療については、まず医師(非常勤)の質が問題です。
 まともに診察せず、精神薬を乱発します。医薬分業は収容所にも適用されなければならないはずですが無視されていますし保健所も指導しませんので、薬剤師によるダブルチェックも無く、本人への直接の説明もありません。
 収容所職員が薬を口に中に放り込んだ後水を飲ませる、というのですから動物扱いです。
 心臓病で倒れた人を心電図もとらず1ヶ月以上も病院に連れて行かない、毎日出血していても病院に連れて行かない、という例を知っています。
 刑法違反だと思いますが(注2)警察は全く捜査しません。
 難民認定や滞在資格に影響するのではないか、強制送還されてしまうのではないか、ということを恐れて訴えることができませんし、弁護士以外に法的な救済手段が日本にはありません。人権相談は単なる相談で終わります。難民以外でも、強制送還されてしまえば日本国内で法的措置をとるのは極めて困難です。
 人権関係条約の選択議定書(個人通報制度)への加盟とパリ原則に沿った政府から独立した国内人権機関が必要な理由の一つです。(注3)

 以上は私の経験を基に書きましたが、参考資料として下記があります。

「壁の涙―法務省「外国人収容所」の実態」
http://www.amazon.co.jp/壁の涙―法務省「外国人収容所」の実態-「壁の涙」製作実行委員会/dp/4773807032/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1289068086&sr=1-1

「私の人生、これなに? 絶望の深き淵より 在日難民たちの証言」
http://d.hatena.ne.jp/amm/20060520
自費出版なので、雨宮先生かアムネスティ日本(難民担当)に問い合わせてください。
(写真の中央左。和服姿は今野東・参議院議員)

参考URL

http://www011.upp.so-net.ne.jp/ushikunokai/
牛久の会

http://www.refugee.or.jp/
難民支援協会


(注1)
人は認定のゆえに難民になるのではなく、難民であるがゆえに難民と認定されるのである
http://www.unhcr.or.jp/protect/pdf/apr2001_intart1_j.pdf
1951年難民の地位に関する条約 第一条の解釈
第9項

(注2)
   第三十章 遺棄の罪
(保護責任者遺棄等)
第二百十八条  老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の懲役に処する。
(遺棄等致死傷)
第二百十九条  前二条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。

(注3)
http://www.geocities.jp/mkaw8/hrcc/
人権市民会議
 
 

済州島事件についての補足

 投稿者:野村民夫メール  投稿日:2010年11月 4日(木)22時47分42秒
   ドラマの背景となっている済州島事件(4・3事件)について説明します。
 日本国内の動きが連動していることが年表から読み取れると思います。
 朝鮮戦争についての本は沢山ありますが、終戦から朝鮮戦争までについて書かれた本は僅かです。

 日本の敗戦に伴い、日本軍を武装解除するために南北から米軍とソ連軍が進駐しました。38度線は日本軍の軍管区境界です。
 その後は独立に向かうはずでしたが、信託統治案や要人の暗殺などの紆余曲折の後、朝鮮全体が共産化することを恐れた米国は南だけの総選挙を強行しようとします。分断が恒久化するとして反対する動きは弾圧されますが、済州島では反対運動が武装蜂起に発展し、米軍を中心とした大虐殺になりました。

 済州島事件は韓国では長い間タブーでしたが、反逆者扱いだった関係者の名誉を国家として回復するまでになりました。
 日本では、占領下で起きた事件であり、米軍による虐殺は当然報道されませんでした。
 日本で事件について最初に出版されたのは1963年と思われますが、現在でも少し知られる様になった程度です。

 済州島は独自の文化を持っていますが貧しい地域でしたから、日本の占領時代には多数の人が日本にやって来ました。(強制徴用を含む。)
 済州島事件を逃れて来た人たちは、関係者であることを隠して暮らしてきたようです。
 在日韓国・朝鮮人の95%以上は「南」出身で、その中でも済州島出身者の比率は高いはずですが、手元には資料がありません。

 終戦時に日本にいた半島出身者の半数は直後に帰国しましたが、故国は日本以上に混乱し、日本では差別される、という状態で、正規の手続きを経ずに行ったり来たりする人も少なくありませんでした。

 外国人登録令によって朝鮮人は日本国民の地位を失い、日本国政府からの保護を受けられなくなりました。恩給の支給も打ち切られました。

1945年8月15日:終戦(韓国では光復節)
1946年11月3日:日本国憲法公布
1947年5月2日:外国人登録令公布・施行
1947年5月3日:日本国憲法施行
1948年4月3日:済州島事件(武装蜂起)
1948年5月10日:南だけの総選挙
1948年8月15日:大韓民国成立
1948年9月9日:朝鮮民主主義人民共和国成立
1950年5月4日:国籍法公布
1950年6月25日:朝鮮戦争勃発
1950年7月1日:国籍法施行
1952年4月28日:外国人登録令廃止/サンフランシスコ講和条約公布
1953年7月27日:朝鮮戦争休戦
 

在日と難民のドラマ

 投稿者:野村民夫メール  投稿日:2010年11月 4日(木)21時50分15秒
  少し前、外国人が80万人位の時にはその大半が在日朝鮮・韓国人でした。つまり、外国人問題は在日の問題であり、それは終戦直後まで遡ります。
入国管理局収容所での「犯罪者以下」の扱いも終戦時の問題を引き継いでいます。
http://www.nhk.or.jp/dodra/lovesoul/
「大阪ラブ&ソウル~この国で生きること」
は、在日と難民という、新旧の外国人問題を扱っています。
是非、ご覧下さい。
 

難民認定を巡って

 投稿者:野村民夫メール  投稿日:2010年11月 3日(水)21時08分29秒
  甲斐先生
 お忙しいところ、有り難うございました。

 調べたり考えを整理しなければならないことが沢山あるので、少しずつ書きます。

 日本はインドシナ難民を受け入れた後、難民条約(正確には難民条約と議定書ですが、両者を合わせて難民条約と呼ぶことにします)に加盟しました。
 しかし、難民認定した人数は10人以下という状態が続きました。
 現在でも
    ・欧米諸国に比べて2~3桁少ない。(人口比、GDP比を考慮すれば更に大きくなる)
    ・人道配慮(在留特別許可)という、不思議な措置の方が何倍も多い。
    ・国籍、民族による差別がある。(基準が同じではない)
という問題点があります。
http://www.moj.go.jp/content/000033377.pdf
 難民認定は、
   ・法務省による1次審査
   ・参与員による2次審査
   ・裁判
という経緯になります。

 通訳の問題は大きく、少数民族の場合は特に問題です。本人がよく理解できないと答えても通訳が「理解できている」と伝えるので調書にはその様に記録されてしなう例は数多くあります。その様にして作成された調書がどの様になるかは想像できると思います。
 なお、通訳は、単に言葉が解るだけではなく、政治的に中立で、専門用語、固有名詞も理解でき、誠実であることが必要です。例えば、スリランカ難民には少数民族のタミール人も多数民族のシンハラ人もいますから、政府寄りの立場をとるシンハラ人では、どちらに対しても不都合となります。

 1次審査で認められなかった人は異議申し立てをしますが、以前は2次審査も法務省が行っていました。現在は民間の参与員が審査しますが、難民問題の専門家はわずかで、全く理解していない人も多く、制度が役立っていないと言われています。
 難民申請する人の中には、申請時に正規の滞在資格(観光、留学等)を持っている人もいますが、書類が無かったり偽造書類で来なければならない人もいます。役人である法務省職員や難民問題を理解していない参与員からすれば、とんでもないことなのです。賄賂で動く役人よりブローカーの方が信頼できるし安い、などとは想像できないのでしょう。また、英語やフランス語が話せる難民が説明した場合でも法務省の担当者は「自分の物差し」でしか理解しようとしません。(最近の冤罪事件と同じ構図です。)
 日本では外国のニュースは少なく、外務省は人権問題に不熱心なので、国際人権NGOの資料を見るか専門の研究者に聞かない限り概要すら解りません。申請者が難民に該当するかどうかの審査はそれらを基礎にして行わなければならないのですが、1次2次審査ではそこまで行きません。

 難民審査ではありませんが、日本側の理解が貧弱な例があります。甲斐先生も触れられている、タイのビルマ国境の難民キャンプから到着した第三国定住のカレン民族は、財団法人アジア福祉教育財団 難民事業本部(通称RHQ またはHQ)(トップは外務省からの出向)が受け入れを担当しています。
http://www.rhq.gr.jp/
 その通訳として出迎えた在日カレン民族の名札は英語のMr.に相当するUで始まっていましたが、それはビルマ民族の場合で、実際はSawで始まります。
 なお、難民キャンプで日本政府が選定し第三国定住として来日するのに、定住許可を出すだけで、難民認定されるためには改めて申請しなければなりません。

 UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の執行委員会決議やガイドラインでは
  ・難民は就労させる。それもできるだけ本人の能力を活かした仕事とする。
  ・原則として拘束してはならない。
となっていますが、法務省は法的強制力が無いとして無視しています。
 申請中の生活費支給は外務省の担当ですが、1次審査までで打ち切られ、しかも、平均審査期間より支給期間の方が短く、更に予算不足を理由に対象者を減らしています。

 裁判では弁護団が詳細な資料を用意するので多くの場合は難民認定されます。しかし、人権関係条約の審査で繰り返し指摘されてきたように、裁判官が条約を知らなかったり誤解していることも問題ですが、国内法の不備を理由に条約を積極的に利用しないことが多いのです。
 日本は加盟している条約が少なく加盟時期も遅いのですが、その理由として国内法との整合に時間がかかることを挙げているのですから、加盟後に国内法との対応が不十分な訳がないのです。

 裁判に関連して「不思議なこと」も起きます。
   ・判決で難民認定されそうになると、認定してしまって「争う利益がない」に持ち込む
   ・最高裁でも認められず、再審査の準備をしている人が突然難民認定される。
   ・裁判の準備中に強制送還される。
   ・UNHCRが難民として認定した人を強制送還する。

 強制送還中に殺しても責任を問われないのですから、入管職員は刑法の特別公務員にする必要があると思います。

 先日判決が出されたビルマのロヒンギャ民族の集団訴訟では2人しか認められませんでした。
 私は、難民条約第1条の
>迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する
の解釈が狭過ぎると思い、下記のモデルを考えました。

 「裕福なユダヤ人考」

 自分の一族は裕福で何一つ不自由は感じていない。
 自分の周囲のユダヤ人や知人で逮捕されたり追放された者はいない。
 ナチスの高官とも家族ぐるみで付き合っており、仕事でもナチス関係者と親密な間柄である。
 しかし、ユダヤ人は次々と逮捕されているので、自分たちもいつか逮捕されるのではないかと恐れている。

 この人たちは難民に該当するでしょうか?
 

吉宗と享保の改革 3.初期における積極改革(2)倹約令と御免株』

 投稿者:甲斐素直  投稿日:2010年11月 1日(月)11時15分25秒
   上記タイトルの問題に関し、メイルを下さった方へ。
 この掲示板の入口に書いてあるとおり、、私のメイルアドレスがスパムメイルに漏れ出すのを防ぐ目的で掲示板経由のメイルにしているのですが、その代わり、私の方からもメイルを下さった方のメイルアドレスが、本文中に書き込んで下さってない限り、判りません。そのうち、気がついて再度メイルを下さるのではないか、と考えて待っていたのですが、今日までこないので、この掲示板に答えを書きます。
 質問は、1720年5月に老中から三奉行に下した指令1721年8月に嗜好品と思われる96種の商品について組合結成を命じている司令は何か、ということでした。この質問、私の文章を誤読したものです。この年(つまり享保6年)に出されたのは、新規商品開発の禁止であって、組合結成の命令ではありません。組合、すなわち御免株の結成命令は、主として翌1721年以降になります。
 これらについて、単一の指令が存在するかのような錯覚を与えたのであれば、お詫びします。江戸幕府の場合、今日の法律のような単純明快な形で全体を規制するような規制が出されることは滅多にありません。例えば、高校までの日本史だと、1639年に家光が鎖国令を出して、わが国を鎖国させた、式に書いてありますが、実際には対支那貿易だけでも何本となく存在している指令を、総称してそういっているわけです。
 ここでも同じことで、単一の指令が存在しているわけではなく、かなりおびただしいものです。出典は「徳川理財會要」ですが、1101頁以下を辛抱強く見て頂かないと全体像は見えません。それ以前の禁止令が「美麗の衣服」等の禁止を定めているのに対し、この時期のものは「新様に製造」することを禁止している点がユニークであるわけです。
 

難民問題と無国籍者

 投稿者:甲斐素直  投稿日:2010年10月31日(日)15時29分22秒
編集済
  (1) 野村氏の投稿は大事な問題を提起していると思うので、すぐにでもコメントを書きたかったのだが、私が少々忙しい日々を送っていたので、非常に遅れてしまった。
 さて、書き方としては、まずこの欄を主として読んでくれているであろう、学部学生諸君に対する野村投稿の言葉の補足説明をしてから、私のコメントを行うという順序で論じてみよう。

(2)「無国籍に関する2つの条約に日本は加盟しようとしません。」
 この二つの条約とは、1954年採択1960年発効の「無国籍者の地位に関する条約(Convention  Relating to the Status of Stateless Persons)」と、1961年採択1975年発効の「無国籍の削減に関する条約(Convention on the Reduction of Statelessness)」の事であろう。1951年に採択された難民条約は、難民である無国籍者には適用されるが、それ以外の無国籍者には適用されない。そのために、同じ無国籍者でありながら、難民であるか否かにより法的保護に差異が生じることを問題として制定されたのが、前者の条約であり、無国籍者そのものの数を削減することを目指したのが後者の条約である。野村氏の指摘を受けて調べたところ、確かにいずれも日本は現時点まで批准していない。問題は、それが何故か、ということなのだが、よく判らない。少なくともざっと調べた限りにおいては、この条約を批准すべきか否かがわが国で議論の対象となった形跡自体を見つけることができなかった。それ以前の問題に、この二つの条約の邦文のものを見つけることさえもできなかった。そこで、英文のものを読んでみたのだが、ざっと見た限りにおいては、前者のものは内容的には難民条約が定めている難民と同様であり、難民条約を批准した今日、これの批准を忌避する理由は見あたらないように思える。後者の条約にしても、無国籍者が国内で生まれたらその国の国籍を与える、というような常識的な話で、特に問題があるとは思えない。
 先に述べたとおり、批准を巡って甲論乙駁というような状況があったどころか邦訳すら満足に行われていないことからすると、わが国として条約の批准を積極的に拒否しているのではなく、当面批准しなくとも困ることがないからしていない、というだけの状況なのではないだろうか。補足すると、条約の批准というのは、正確無比な邦訳文の確定作業から始まって、関係各省庁の調整、内閣法制局との調整、与野党への根回しという調子で、大変な労力を必要とする作業である。だから、わが国としてそれを批准する何か具体的な政治的、経済的、あるいは実務上の必要がないと、ややもすればより必要度の高い条約が先に回され、必要度の低い条約は長期にわたり批准されないということは、まま起こりうるのである。もしそうだとすれば、条約を批准していないことに特段の意味は特にないことになる。つまり、何か具体的な事件が起きれば、その条約を「確立された国際法規」として適用して解決していけば足りるからである。
 わが国が批准しないことに関し、何か特別の理由があるのかどうか、野村氏が何かご存知であれば、お教えを請いたい。

(3)ノンルフールマン原則
 このようにカタカナ書きをされると判りにくいが、英語ではnon-refoulement principleといい、難民を、迫害が予想される地域に追いやってはならないという原則のことである。それに関連して言及されている事件は、おそらく東京地裁平成22年2月19日判決のことであろう。
 この事件では、外国人二人が平成3年に日本に密入国し、不法就労していたのが摘発された、という事件としては、最近珍しくもないものである。この事件の問題点は、日本語がろくに話せない人間に通訳を付することなく取調を行ったことが適正手続違反(憲法31条)の問題もあるが、国籍問題に焦点を絞ると、この二人がタイで生まれたベトナム難民の青年である、という点にある。そこで、法務省は、二人をベトナム人としてベトナムへの強制送還を行おうとしたのである。
 二人の家族は、当然ながらタイに住んでいるので、二人としては、どうしても強制送還されるなら、当然タイが好ましい。しかし、ベトナム難民は基本的に難民条約に言う難民(政治難民)ではなく、経済難民である。そのため、彼等はタイで生まれても、タイ国籍は取得していない。タイからの出国に際しては、偽造パスポートを利用している。だから、タイとしては当然その様なものの帰国は受け入れない。他方、ベトナムでは、ベトナム政府発行の出生証明書その他、公的書類がない限り、ベトナム人としては受け入れない、という方針をとっているから、当然、彼等の帰国を受け入れることはありえない。
 このような事態の下では、強制退去命令を発したところで現実に受け入れ国がない以上、この命令は意味のないもので、これは無理な解釈以前の問題と言える。先に言及した無国籍者の地位に関する条約31条3項は「…追放されることとなる無国籍者に対し、他の国への入国許可を求めるのに妥当と認められる期間の猶予を与える」と述べている。確かに日本は条約は未批准であるが、受入国が受入表明もしていないのに国内法的に強制退去命令を出しても実効性を伴うわけがないのは、条約云々以前の問題である。その意味では、条約を批准していないことが、事件の結末に影響を与えたわけではない。
 純粋に実務的に見ても、入管局は、仮にベトナム人であると主張したいのであれば、ベトナムとの間で話し合いを詰めた後でなければ、強制退去命令を発するべきでなかったのは明らかである。そして、本人の意思を重視するならば、タイと同様の話し合いをすべきであったろう。
 なお、事件そのものは、先に言及した適正手続違反の点から処分が取り消されている。
 野村氏の文章は、この事件をノンルフールマン原則との関連で言及しているように見える。その読み方が正しいとすると、それは誤解ではないだろうか。なぜなら、ノンルフールマン原則は、強制送還先の国の方では、迫害する目的で迎える、という状況が存在している場合の話で、ベトナムもタイも受入拒否を表明している状況では問題になりようがないからである。

(4)「日本政府がUPR(国連人権理事会の普遍的定期審査)や様々な人権条約で非難されていることをどの様にお考えでしょうか?」
 これは正直に言って、何を問題にしているのか判らない。UPRで非難を受けるには、それ以前に国連人権条約のほとんどを批准し、かつ審査に対する報告書をきちんと提出している必要がある。つまり、国際的に誠実に行動している、ということが非難を受けるための条件だから、褒められても良いことである。世界のどこにも完璧な国はなく、だからこそ最善の状態を目指して相互に忌憚なく批判し合うことで、世界全体の人権状況を改善するべく、それら改善・勧告制度は設けられている。それなのに、非難を受けたこと自体を問題視すれば、政府は、非難を受けることを恐れて、国内の問題を隠すようなことになるはずで、それはまさに本末転倒と言わねばならない。繰り返すが、非難された点を改善することが大事なのであって、非難されたこと自体を問題視するのは間違いである。
 なお、現実のUPRにおける指摘は、典型的には北朝鮮が日本の人権遵守状況について非難した例に見られるように、各代表とも単に自国のエゴを発揮している感が強く、果たしてUPRに世界各国の人権遵守状況の改善力があるのかどうか、私は首を捻っている。その意味で、重視すべきなのは、むしろ各種人権条約における委員会審査の方だと思っている。

(5)野村氏の文章は、難民問題と無国籍問題が交錯していて、論旨が掴みにくい。これは多くの場合に、違う局面の問題である。だからこそ、難民条約とは別に無国籍問題に関する条約を必要としたのである。
 また、野村氏の文章は、政治問題と法律問題が交錯していて、その点からも論旨が掴みにくい。「どこの国でも少数民族は社会的にも法的にも差別されています。自由に行き来していた歴史を無視した国境は無数にあります。法的な「公正さ」とは何でしょうか?」という問は、一見法律問題のように見えるが、それが日本国内で発生している問題でない限り、憲法を頂点とする国内法秩序の問題ではない、という意味において、法的問題ではない。確かに国際法という法領域はあるが、それは何らかの条約をベースにして国際司法裁判所の審査対象にでもならない限り、法律問題たり得ず、純然たる外交問題である(例えば、尖閣諸島や竹島の領有問題が、その良い例である。)。

(6)最後に、国内法のレベルの問題として、難民問題と無国籍問題を考えてみたい。
 難民問題は、国内法の限りにおいては解決済みの問題である。必要な法的措置は十分に執られている。問題は、その法の具体的執行というレベルにある。例えばインドシナ難民という問題を考えてみよう。1975年以降において、ベトナム・ラオス・カンボジア(総称してインドシナ三国)が社会主義体制に移行したことにより、経済活動が制限されたり、同体制の下で迫害を受ける恐れがあったり、体制に馴染めないなどの理由から国外へ脱出し、難民となった人々は、実に総数140万人といわれる。そのうち、アメリカが80万人以上を受け入れたのに対し、至近距離に位置する日本は1万人程度の受入に留まった。この圧倒的な差異は、直接には日本政府が受入に消極的であったためであるが、その真の原因は、実は我々日本人に、まだまだ外国人受入の心構えができていないことにある。言葉の問題が壁になり、進学や就職ができず困窮する人が多く、よりよいチャンスを求めて米国等へ転出していったものも多かったのである。
 2010年9月28日にミャンマー軍政の迫害により、祖国を離れ、タイで難民キャンプ生活を強いられてきた少数民族カレン族の3家族18人が来日した。政府が試験的に始めた「第三国定住」の第1陣である。しかし、法律の力や政府・地方公共団体の行政力だけで難民たちを支えることは無理がある。短期的には企業、教育機関、難民支援のNGO(民間活動団体)などと緊密に連携してサポート体制を築く必要があるが、長期的には異民族を自然に受け容れるように、日本人の発想そのものを展開していく必要がある。そうして、自然に異民族を受け容れられるようにならないと、これからの少子高齢化社会の中にあって、外国からの労働力の助けを借りて、日本という国を維持していくことは困難であろう。
 無国籍者問題は、法的にも若干改善する必要がある点が数々あるが、それ以上に、これも極めて実務的問題が大きい。先に示した判決がよい例と言える。入管当局は、タイ語やベトナム語の練達の通訳も満足に持たないままに、不法就労者の取締を行ったわけで、その点が適正手続違反に問われたのである。しかし、このような違憲・違法状態を、彼等自身が積極的に選んだとは思えない。単に、日本に、それら言語で法律問題を流ちょうに通訳できる人材が圧倒的に不足しているがために、しゃにむに日本語で取調をせざるを得ず、それがために、タイ出身のベトナム難民というやっかいな事態に適切に対応できなかったという問題なのである。こうした普段接触の少ない言語の通訳を育てる組織的な対応を行わない限り、このような事態は必然的に繰り返されることになるはずである。
 

国籍問題は国際的な問題

 投稿者:野村民夫メール  投稿日:2010年 9月30日(木)19時41分16秒
  甲斐先生、ご意見ありがとうございます。
しかし国外に目を向ければ次の様な例があります。
(1)国籍を与えられない。(実例:タイの山岳民族)
(2)国民と認められない。(実例:ビルマのロヒンギャ)
(3)事実上の無国籍

(3)については強制送還を無効とする判決がありました。
無国籍に関する2つの条約に日本は加盟しようとしません。
強制送還についてはノンルフールマン原則によって制限され、どこにも送還できない場合もありますが、法務省は無理な解釈を強行しようとしています。なお、この原則は国際慣行法として難民条約に未加盟の国に対しても適用されるとの解釈が定着しています。

国際的な移動の制限は難民申請者も同様です。
更に難民は正規の手続きで出国できないことが多いのですが法務省などはこの点を全く理解していません。偽造パスポートだろうが密入国だろうが命が助かることが最優先です。
難民は国家から離れた存在として保護しなければなりません。
明日から始まる難民映画祭を是非ご覧下さい。
http://unhcr.refugeefilm.org/2010/

まともな中央政府を持っていない国が多数あることを忘れてはなりません。
例えば、モロッコが不当に占領している西サハラ(インドネシアが不当に占領していた東ティモールと類似)の住民は、どこの国籍なのでしょうか?
便宜的にモロッコのパスポートを使わざるを得ないとしても、それは本来の国籍ではありません。

どこの国でも少数民族は社会的にも法的にも差別されています。
自由に行き来していた歴史を無視した国境は無数にあります。
法的な「公正さ」とは何でしょうか?

別の例では、在日のサッカー選手である鄭 大世(チョン・テセ)は、韓国籍ですが韓国のパスポートを持たないので北朝鮮の代表選手となることができています。国外に出る場合は再入国許可証を使っています。
外国人登録証の国籍欄が朝鮮の場合は、国籍ではなく出身地を指しますが、南北両政府とも自国民だと主張しています。

日本政府がUPR(国連人権理事会の普遍的定期審査)や様々な人権条約で非難されていることをどの様にお考えでしょうか?
日本の制度を前提に考えることは本質的な理解を誤ると思います。
 

国籍を離脱すると

 投稿者:甲斐素直  投稿日:2010年 9月29日(水)12時59分45秒
   一つしか国籍を有しない人が、自らの意思で国籍を離脱するということは、無国籍と同義語です。そして、無国籍になると法律云々よりも前の実務レベルで深刻な問題が起こります。そういう人を乗せると、到着した国で入国を拒否され、その人を出発地に送り返す費用は、(その人に費用がない場合には)乗せた会社の負担になるからです。さらに、往々にして出発国も、その人が無国籍であることを理由に入国を拒否すると言うことが起こります。その結果、さまよえるオランダ人のように、乗った船の上で永遠に洋上をさまよっている人や、空港の到着ロビーと入国窓口の間という狭い空間で住み続けるという羽目に陥っている人が現実にいます(確か、どちらについても映画が作られていたはずですが、未読です)。それが嫌であるために、そもそもいかなる国のパスポートも持たない人は、国際的な移動の自由が奪われるわけです。かつて、アンデレちゃん事件が起きましたが、これも無国籍の子供を養子にしても、そのことを連れて出国できない、ということが直接の訴訟理由でした。 こうして、現実問題として国籍を持たなくなると、国家のくびきから逃れるどころか、地球の上のどこにも身の置き所がないという悲惨な事態が怒りかねません。そのことを考慮して、日本政府は、二重国籍の場合を除き、国籍離脱の自由を認めていません。
 難民の子が、事実上無国籍になるのは本当に悲惨な問題です。これは国籍法により正面から取り組む他はないと思います。
 

難民の国籍離脱

 投稿者:野村民夫メール  投稿日:2010年 9月28日(火)20時14分8秒
  「国籍離脱の自由を考える」は難民にも適用されるでしょうか?
難民は国家からはみ出ざるを得なかった人、国家が庇護しない人です。その人たちが国籍を離脱して国家が課す軛を逃れることは法的な矛盾でしょうか?
こんなことを考えたのは、日本で難民から生まれた子供が、少なくとも事実上の無国籍になるからです。国籍法2条の条件を満たしません。これは子供の権利条約に反するとして再三指摘されています。
しかし、両親の出身国の法が血統主義の場合は、その政府が出生届を受理しなくても国籍を有するという解釈もあります。それに対しては、親が国籍を離脱して無国籍になれば、出生時に日本国籍が取得できることになります。
この場合、国民を弾圧している政府の法を正当と認めるかどうかも問題になります。
是非、ご教授下さい。
本日来日したビルマ(ミャンマーは軍事政権が勝手に変更した名称)難民の場合にも問題になります。
なお、彼らは難民キャンプから難民の第三国定住として来日したにも拘わらず日本政府は定住資格を与えるだけで難民認定しません。
 

シアトル市図書館の財政危機

 投稿者:甲斐素直  投稿日:2010年 8月27日(金)02時40分51秒
   ワシントン州が財政難から10月1日を期して7%の人員整理という話を書きましたが、シアトル市も同様に厳しい状態にあります。その対策として、シアトル市図書館が8月30日から1週間閉鎖になる予定です。ただし、閉鎖中も利用者はeブックのダウンロードや百科事典の検索等の電子情報サービスはできるとか。ある図書館員は、「普段、電子情報に慣れていない人にとって、その扱いに慣れる良い機会かもしれません」と述べています。図書の返還はその間は受け付けず(返還用のブック・ポストへの投入は可能)、期限徒過に対する罰金も取らない予定です。
 財政難を理由とする図書館閉鎖は今年2回目だそうです。市は、目下、来年度に向けて、どうやったらより少ない予算で図書館を運営できるか、検討中だそうです。
 この図書館の閉鎖は、今年度67百万ドルに達すると見られる財政赤字に対する対策の一環で、この週はレイバーディ(9月の第1月曜日)の休暇があること、学校はまた新学期にならないことなどの理由から年間を通じてもっとも図書館の利用率が低いことから選ばれたそうです。
 市全体で見ると、2010会計年度の財政赤字は当初11.7百万ドルと見積もられており、図書館も当初予定より30万4000ドル(2.4%)減らした1.17百万ドルと言う予算でした。この節減は図書・機材の購入量の削減、紙消費量の削減、情報技術メンテナンスの繰り延べ、職員の削減等で対応する予定でした。しかし、こうした年度途中におけるカットとともに、来年度の削減額は、最低9.5%(4.9百万ドル)、最大では14.5%(7.4百万ドル)になる予定です。
 マッギン(Mike McGinn)市長は、図書館及びその他の部門に対し、歳出予算を歳入の落ち込みに対応できる均衡の取れたものにするよう、呼びかけています。彼は9月27日に2011年度予算を提出する予定ですが、図書館サービスを今後どのように低減させ、経費を節減するかについては「依然として検討中であり、最終的な決定に至っていない」そうです。
 

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